RIDE4を買ったときから、レースをするつもりはまったくありませんでした。
好きなバイクで、好きな道を、自分のペースで流したかったんです。
170時間以上この世界を走り続けてきて、速さよりも“走る感覚そのもの”を味わってきました。
そんな私がよく走るのが、市街地コース「KANTO」。
日本をモチーフにした街並みで、寺院の屋根や街灯の光を見るたびに「日本やなぁ」と感じます。
ある日、時間を夜に、天候を雨にして走ってみたら──
そこには、昼間とはまったく違う“静かな日本風の街”が広がっていました。
- RIDE4「KANTO」の夜をライトのないバイクで走る魅力
- 雨の街が見せる“静かな美しさ”と緊張感の楽しみ方
- レースを離れ、自分のペースで走るよもぎ流ツーリングの心地よさ
雨のKANTOが見せてくれる“もうひとつの日本”
RIDE4の中でも、私がいちばん惹かれているのがKANTOの夜。
このコースは“日本をモチーフにした街”として作られているけれど、実際に走るとその空気の密度、街灯の明かりの色、路面の質感まで、驚くほどリアルに感じるんです。
ヘルメット越しに見える光景が、どこか現実の夜道と重なって見える瞬間がある。
「これ、ほんまにゲームなんやろか」と思うくらい、心が景色に引き込まれていく。
私にとってKANTOの夜は、“走る”というより“浸る”時間。
昼間の明るいコースとはまったく別世界で、走るたびに新しい日本を見せてくれます。
昼とはまるで違う、夜の街の表情
夜のKANTOを走ると、まず感じるのは“光の少なさ”です。
昼間ははっきり見えていた建物も、夜になるとほとんどが暗闇に溶けていく。
その中で、寺院の建物が暗闇に静かに浮かび上がるんです。
街灯が直接当たっているわけやないのに、黒い背景の中でそっと姿を現す。
その光景を見た瞬間、思わずスロットルを戻して見入ってしまいました。
日本の街って、夜になるとふっと落ち着いた空気になりますよね。
KANTOの夜にも、その“静かな日本”の気配がちゃんとある。
見慣れたようで、どこか幻想的なその景色に包まれて、
「これ、ほんまにゲームなんやろか」と思うほど、心が吸い込まれていきました。
この“現実と夢のあいだ”みたいな静けさこそ、私がKANTOの夜に惹かれてやまない理由です。
雨に濡れた路面が映す灯りの美しさ
夜に雨を降らせると、KANTOの街は一気に表情を変えます。
濡れたアスファルトが街灯の光を映して、路面がしっとりと光る。
その上を走ると、タイヤが路面をつかみきれないような感覚があって、スロットルを開ける手にも自然と慎重さが出てきます。
滑りそうで少し緊張するけれど、そのぶん景色がいっそう鮮やかに見える。
街の灯りが水面に滲んで揺れる光景は、見慣れた道のはずなのに、まるでどこか遠くの街を旅しているような気分になります。
ライトのない競技バイクで走る、少しの緊張とワクワク
RIDE4を走っていて思うのは、このゲームの“夜”には、昼間にはない集中と緊張があるということ。
とくに、競技用バイクで走るKANTOの夜は、その緊張と楽しさがいっぺんに押し寄せてくるんです。
ライトのないバイクで夜道に入ると、視界は一気に暗く沈む。
街灯の少ない区間では、コーナーの先がまったく見えへん瞬間もあります。
それでも、スロットルを少しずつ開けていくうちに、路面が街灯の光をかすかに返して、その反射を頼りにラインを探るように走る。
一瞬の光を信じてコーナーを抜けきれたとき、息をのむ間もなく、視線はもう次のコーナーを追っている。
さっきまでの緊張がそのまま集中に変わっていく感覚。
この“途切れない静けさ”が、夜のKANTOを走るたびにクセになるんです。
暗闇の中で浮かぶコーナーのライン
ライトがないぶん、KANTOの夜は本当に真っ暗です。
遠くの建物の光や、街灯の反射が少しずつ路面に広がって、そこに“コーナーの形”がふっと浮かぶ瞬間がある。
最初の頃はブレーキをかけすぎて転んだり、角度を読み違えてガードレールに勢いよく突っ込んだこともあります。
「あ、これ無理や!」って思った瞬間には、もう跳ね返ってて。
そのたびに笑いながらリスタートしてました。
けれど、何度も走っているうちに、暗闇の中でも“バイクの動きでラインを読む”感覚がわかってくるんです。
視界が利かないぶん、身体が自然に反応する。
その感覚が決まったときの気持ちよさといったら──もう、たまりません。
見えない道を“手の感覚”でたどる楽しさ
夜の走りでは、目で見るより“手で感じる”時間が増えていきます。
スロットルを開けるタイミング、バイクを寝かせる角度、タイヤが路面をとらえる“手ごたえ”。
私はその手ごたえを頼りに、ひとつひとつのコーナーを“探るように”進んでいくのが好きなんです。
暗い夜道を走っていると、まるで現実の山道を一人で流しているような感覚になる。
誰にも邪魔されず、エンジンの音だけが響く世界。
RIDE4の夜ツーリングの魅力は、この“見えにくい状況でも走れている快感”にあると思っています。
コースの形がはっきり見えないのに、手の感覚だけでバイクを操れている瞬間。
あのときの集中と手応えが、たまらなく気持ちいいんです。
おまわりさんに怒られそうな速度も、ゲームなら自由
KANTOのような市街地でスピードを上げていると、「これ現実なら、おまわりさんに『ちょっと君〜!』って(# ゚Д゚)ゴルァ!!されるやつやなぁ」って笑ってしまう。
でも、ゲームの中なら誰にも止められへん。
渋滞も信号もなく、ただ自分のリズムで流せるのが気持ちいいんです。
現実では味わえない“夜の自由”がここにはあるんです。
ただ、自分のリズムで走って、「今日のこの一周、ええ走りやったなぁ」って思えたら、それで十分。
速さを競うんやなく、“気持ちよく走れた”という満足だけを残して終える夜。
RIDE4のKANTOは、そんな“走る幸福”を思い出させてくれる場所なんです。
タイムアタックで味わう、のんびり夜ツーリング
RIDE4を長く走ってきて思うのは、タイムアタックって名前のわりに、いちばん自由に“自分のペースで走れるモード”やということ。
私はこのモードで夜のKANTOを流すのが、いまの楽しみになっています。
順位も記録も関係なく、誰にも急かされへん。
ただ、自分のリズムで走って、景色を感じるだけ。
この“速さを忘れる時間”が、RIDE4でしか味わえない心地よさなんです。
順位も時間も関係ない、“自分のリズム”で走る
私はいつもタイムアタックモードを使って、のんびり走っています。
名前こそ「アタック」やけど、実際は夜の街を流すツーリング時間。
エンジンの音が一定のテンポで響いて、街灯の明かりがリズムに合わせて流れていく。
速さを求めてるわけやないのに、走るうちに気持ちがふっと落ち着いて、呼吸が自然に合っていく瞬間があるんです。
エンジンの音と自分のリズムが重なって、ただ走ることが心地よくなっていく。
ふと止まって景色を眺める、その静かな幸福
ときどき、バイクを止めてフォトモードで街を眺めるんです。
建物の灯りが濡れた路面に反射して、その光がいっそうきれいに道を照らしてくれる。
夜のKANTOは、濡れたアスファルトに街灯の光が滲んでいて、それを眺めていると、なんや心がすっと落ち着くんです。
ヘッドライトのない競技用マシンでも、その暗さが逆に“街の明かり”を引き立ててくれるんです。
夜の街並みや、濡れた路面に反射した灯りを見て、思わず「きれいやなぁ〜」って声に出してしまう。
誰かと競うでもなく、何かを目指すでもない。
ただ“きれいやなぁ”と思える、その瞬間がご褒美なんです。
走るうちに気づく、「いつのまにか走れるようになってた」
不思議なもので、ただのんびり流してるだけやのに、気づけば自然とライン取りがきれいになってたり、転びにくくなってたりする。
「練習してるつもりがないのに、ちゃんと身体が覚えてた」って瞬間がうれしいんです。
焦らず、構えず、ただ楽しんでいるうちに上達していく。
それがRIDE4のええところであり、私がこのゲームに惹かれてやまない理由です。
夜ツーリングを続けるほど、バイクとの呼吸が合っていく感覚が深まっていく。
その積み重ねが、静かで確かな“上達の証”になっている気がします。
まとめ:夜のKANTOは、“走る瞑想”の場所
RIDE4のKANTOは、昼と夜でまるで別のコースになります。
昼の街が“現実”なら、夜の街は“心の奥にある景色”。
時間を夜に、天候を雨に変えた瞬間、世界がふっと静まって、街灯の光が濡れた路面に滲みながら、ゆっくりと流れていく。
その光を追いかけながら走っていると、ゲームやのに妙に現実味があるんです。
ライトのないバイクで走る夜道は、ほんの少し緊張します。
けど、その緊張が不思議と心地いい。
「今、ちゃんと走ってる」っていう実感が、手のひらから伝わってくる。
私はいつも、1周のラストをジャックナイフで締めて遊んでます。
「今日もよう走ったなぁ。ええ時間やった」って。
……で、そのまま止まらずに2周目に行こうとして、すごい確率で転びます。
うまく決まったと思った瞬間に、コテンっていくんです。
それでも、また笑って走りだす。
その繰り返しが、私にとっての“RIDE4の夜”なんです。
この記事のまとめ
- RIDE4の市街地コース「KANTO」を雨の夜に走る魅力を描いた体験記
- ライトのない競技バイクで走る緊張と、景色の美しさが共存する
- 街灯の光や濡れた路面がつくる“静かな日本風の夜”の描写
- レースを離れ、自分のペースで流す“走る瞑想”としてのRIDE4
- フォトモードで眺める夜の街並みが心を落ち着かせてくれる
- 走るほどにバイクとの呼吸が合い、自然に上達していく感覚
- 最後のジャックナイフで締める“よもぎ流ツーリング”の余韻


